Tokyo HideOut

アラフォー外資系金融勤務のゲイHideが描く日常

ダウントンアビーSeason6とゲイカミングアウトの件

NetflixとHuluでやっとリリースとなったダウントンアビーの最終シーズンであるシーズン6。前回シーズン5と同じ年代で1925年の第一次世界大戦第二次世界大戦戦間期を描いたシーズンである。シーズン6では労働者階級の台頭と貴族の没落が顕著となり、舞台であるカントリーハウスのダウントンアビーでも人員の削減を余儀無くされる時代となっていた。実際の使用人の中にも、貴族階級の特権を疑問視するセリフがここそこに散りばめらてており、シーズン6は、世の中の移り変わりと人々の心情の移り変わりを表している秀作であると言えよう。

 


Downton Abbey SERIES FINALE (Christmas Special 2015) (6x09)

 

シーズン6は他のシーズン同様、最終回がクリスマススペシャルとなっていて、クリスマス新年の祝賀ムードの中、これまで不幸続きだったダウントンアビー領主であるグランサム伯爵の次女レディー・イーディスが、最愛の伴侶と結婚式を挙げ、ハネムーンへと旅立つシーンで幕を下ろす。

 

貴族生活の没落が目に見えていて、現状生活を維持できないと認識ているグランサム伯爵は「何事にも柔軟にならねばならない」という信条の元、これまでの伝統を打ち破るように、屋敷の一般公開であるオープンハウスを実施したり、女性の社会進出を促したりするような言動に徐々に変わっていく。特に注目すべきは、最終回のクリスマスパーティーの中で、ゲイの副執事だったトーマス・バローを、執事へと昇進させることであろう。

 

1925年当時のゲイはどんなに寂しい生活をしていたであろうか。トーマスは迫り来る人員削減の中、副執事は必要ないとのことで幾度となく退職の意向を迫られる。ダウントンアビーに10年以上勤め上げたトーマスにとって、ダウントンアビーは初めて自分の性向を黙認しながらも、仕事をさせてくれた貴重な職場。彼のセリフで「やっと根を下ろしたという実感があったのに、去れというのは酷すぎる」と有ったが、当時のゲイからしたらダウントンアビーのような職場は如何に貴重で有っただろうか。

 

将来の不安に駆られ裏口で泣いているトーマスを見つけたメイド長のミセス・ヒューズは「きっと将来貴方に相応しい人が現れると信じているわ」と優しい言葉をかける。紆余曲折はありながらも最終的に由緒あるカントリーハウスの執事へと昇進したトーマス。彼の同性愛者としての性向知りながらも、経験と実績を認め、屋敷の執事へと昇進させる案を提案したグランサム伯爵の寛大さと先進さにいたく感動した最終回なのであった。

 

海外の友人の中には、性向で差別するなんてありえない、結果出せばそれでいいじゃんと言う友人が居る。それは正しい。しかし、あまりにも日本企業の現実を見ていない。日本社会全体でもカミングアウトができるような柔軟な社会とは言い難いし、周囲の醜聞を歓迎するように足を引っ張ったりするのが好きな輩が非常に多いのが現状だと思う。若い世代の中では少しつづ変わりつつあるようだが、周囲のストレートの友人達を見ても「ゲイの友達はヒデが初めて」と言う友達も少なくない。それ程、カムアウトのハードルが高いと言うのが現実だろう。

 

為政者側にもそれは問題があって、昨今でやっと言われるようになったLGBTという言葉がそれを表して居るようにも思える。しかし、ゲイである我々が(前線辞職はしましたが・・)周囲にカミングアウトをして、存在を知らせていかない限り周囲の認識も変わりはしない。我々が臆病になっていては何も始まらないのである。

 

家族へのカミングアウトは非常にリスキーで怖いものだ。あるカトリックの家族の事例では、両親にカミングアウトをした米国の少年がパスポートを取り上げられてメキシコに「男になってこい」と置き去りにされたという事例をとある本で目にした。両親へのカミングアウト、特に保守的な社会層でのカミングアウトは思いとどまる必要があるものの、その他の近親者へのカミングアウトはどうだろうか。若干ハードルは下がるのではないだろうか。

 

僕は7月に兄と彼の奥さんにLINEでカムアウトをした。きっかけは5月に東京で出会った父親の老衰具合に驚かされたというのが直接的な理由である。そこまで大きな病気ではなかったものの、3月に手術を行い快復をして退院した父親は、痩せこけてそれまで僕が知っている父親とは全く違っていた。東京で両親に出会った瞬間によぎった「父親の死」という現実的なシナリオ。高校卒業で実家を出て、両親とは距離を置いてきた自分。高校生の時から血色がよく、会うたびにお勧めの本を教えてくれた父が、確実に年をとっている。今後、両親の介護や看病などの現実的な問題が出てくる中、誰かに自分の今のライフススタイル、現状を伝えておく必要があるのではないか、と思った。距離的には離れているが、ちゃんと気にかけていて、何かあったら助けたいと思っているから、と知って置いて欲しかったのだ。距離を置いていた理由も、自分がゲイだったから、という事だったということも。自分勝手とは十分承知しているが、今後は責任も分担しますという事を兄夫婦に伝えたかった。

 

LINEでの兄の奥さんの反応は非常にライトなものだった。いや、そうかなーと思ってたよ、と。8月に実家に帰る予定があるのだが、その時会ってまた話そうね、と簡単に締めくくられていた。兄はどのような反応を示すだろうか。お互いドライな関係だったから、あまり感情的な話はないかもしれない。でもね、やっぱり最後の最後、誰かに振られても、会社に見捨てられても、最後は味方になってくれる人が欲しかった。両親に素直に甘えることも正直に自分のことを話すこともできないが、家族とどこかで繋がっていたかった自分がこの35年間ずっとどこかにいて、誰かと恋愛をするたびにその想いが爆発していた。今回はこの想いに正面から向き合うことにした。兄達とどのような会話がなされるかはわからないが、成り行きに任せて彼等を信じようと思う。

 

(本日の一件)

ひき肉少年 白金高輪

麻婆豆腐飯でもないカレーでもない不思議な鶏ひき肉ライスのお店。パクチーとバーナーで炙ったチーズのミックスが絶妙な一品。適度なスパイシー感で東南アジア感も満載。毎度ひしめき合う店内はカウンター6席だけとシンプルだが、テイクアウトで周辺公園での白金ランチも秋口はお勧めコース。

 

ひき肉少年

03-5420-1929
東京都港区白金1-11-15 1F
https://tabelog.com/tokyo/A1316/A131602/13162597/

 

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ゲイ辞職

突然だが、ゲイを辞めようと思う。とは言っても、異性愛者へと転向するということではない。主な内容は以下の通り;

 

1) 先ずは、ゲイコミュニティから距離を置くこと(特段参加もしてこなかったが);これまで、ゲイコミュニティには馴染めない、コミュニティのヒエラルキーの最下層だ、イケてないマイノリティのゲイ、などと散々自虐をしてきた。しかし、コミュニティに属さなければそのままの自分で良いじゃん、ゲイクラブに行って気不味さと最下層っぷりを意識しなくて済む。そもそも、コミュニティに行かなければ良いのだ。ゲイアプリも止めた。というか、5月からほぼアプリは開いていない。。Jack'dと Grinderというアプリが有名だが、もはや開くことすらしなくなった。

 

2) 煩悩の追求を止めること;全くエッチをしない、全く食欲を求めない、などということではない。これまでの自分は、煩悩を徹底的に追求して、血眼になってそこでの体験をみんなの前で語ることで、自分の存在価値を認識してきた。体験談と言っても成功体験は一つもない。アプリで知り合った白人とエッチをするために韓国へ行ったり、肉欲に負けて台湾へ行ったりと、セックスをすること、重ねていくことが、自分の価値、ひいては愛なのだと、救い様のないアホな価値観を持ってきた。肉棒を筋肉男に挿入されてどうだったとか、精液がどの程度出ただとか、肉欲の追求は果てることを知らない。残された自分は、渇愛で疲れ果てたアラフォーの「ゲイ」。求めても絶対には手に入らない快楽を追い求めては、苦の地獄へと堕とされていく、これの繰り返し。こんなものが、愛を求める過程、相手を求める手段なんだと勝手に思い込んでいた。それぞれのエピソードは、これまでのブログで書いてきた通りである。

 

ゲイのライフスタイルは、筋肉を増強させていく所から、その基礎が始まる。筋肉がないとライフスタイルすら成り立たないと言っても過言ではないだろう。そしてその筋肉、どれだけ増強させても、どれだけ立派な胸筋を持った御仁でも、「まだまだ足りない」「お尻が完璧ではない」と仰る。結局、ウリ専にでもなりたいのであろうか。結局は、自己愛を満たしたいがための終わりなき戦いである。まぁこれはゲイに限ったことではなく、トレーニングをしている人達全てに共通する心理ではあるが。自分も、2年前からパーソナルトレーナーをつけて、トレーニングを始めた。しかし、いつになったら満足がいく体が手に入るというのだろうか。

 

稲垣えみ子さん著の「魂の退社」。華やかで高給取りな朝日新聞記者時代を振り返って、彼女は「降りられない列車」に乗っていたとその時代を形容していた。高給取りだからこそできる、大量の洋服ショッピング、高額な化粧品、グリーン車での乗車、高級なお店での美食の数々。欲望を満たすためにもっともっとお金を欲しいと思う。気付いてみると、欲求を満たしても全くハッピーじゃない。でも、次の欲しい物や行きたいお店をリスト化しては、次の欲望を満たすために働いていた、と著作で仰る稲垣さん。

 

ゲイのライフスタイルだって一緒だと思う。常にハッピーな振りをして、良い体を見せつけ合う、衣食住のライフスタイルにこだわりを持って、セックスには奔放。もう、煩悩しかないじゃん。。別にそれが悪いってわけじゃないけど、10年以上をそれを見よう見まねでやったところで、全然ハッピーじゃない。ズタズタに傷付いて、性格がひんまがった、渇愛と欲望に塗れた醜い自分がいるだけだった。ゲイプライドって何だろう。こんな生き方にプライド持てますかね?次から次へと欲望を追い求めて、セックスを繰り返してさぁ。正直僕はもう疲れたよ。キリスト原理主義が同性愛を罪だと言う視点も今ではわからないではない。人間は快楽を常にしたいと願うものの、そんなことは絶対に叶わないからだ。すぐに不快で苦の瞬間へと放り込まれてしまう。そんな中で、ゲイプライドだとか言われても、プライドなんて持てないし。結局は、筋肉と生まれつきの顔面を持った男達だけが幸せになってくと言う構図はなんら変わりはないのだ。こんな外見至上主義の世界、正直もう無理だ。どんなに正しく生きようとしても直ぐに打ち砕かれてしまう。

 

と言うことで、僕はゲイを辞めることにした。欲望を緩く絶っていく過程、一つずつそれまでの欲望を手放す作業。恐らく僕のような小人には耐え難いことだし、いろいろと挫折があると思う。でもやらないと生きていけない。もうズタズタに傷付いて立ち直るエネルギーなんて残ってない。お金で愛を買おうとした、海外のコミュニティに行ってみた、自分を輸出しようとしてみた、筋肉をつけようとしてみた(途上だったけど)。愛って結局何なんだろうか。ゲイカップルとして幸せな人に聞いてみたい。ゲイって生きている意味有る?

 

これからの欲望を放擲する過程を想像すると、何だか涙が溢れてきて、帰宅時、明治通りの広尾5丁目を通り過ぎたあたりで目の前の風景が涙で滲んだ。もう戻ることはできない世界。でもこうやって先に進んでいくしかない。幸せだと勘違いをしていた価値観を一つずつ捨てていく作業。でも自分が生きていくためにはこうするしかない。広尾5丁目交差点に有るJASMINEの灯りが眩しい。

 

(本日の一件)

中華香彩 JASMINE 広尾本店

四川料理ベースの中華料理店。それぞれの本格中華料理を現代風にアレンジして食べやすくしている。よだれ鷄、水餃子、黒チャーハン、酢豚など基本的な一品が絶品。広尾と言う立地ながらもカジュアルな雰囲気の店内。出てくる料理のクオリティは非常に高い。

https://tabelog.com/tokyo/A1303/A130302/13123634/

 

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5年に1度の周期

ゲイの恋愛は選択肢が限られている事を知っているから、両想いで良いなぁと感じた関係でも、タイミングや相手の状況次第で物事が進まずに立ち消えになってしまうような案件が、5年に一度は有る。そんな時は非常に遣る瀬無い。まあ相手が積極的に来ないという時点で、1) 自分の外見に余り興味が無い、 2) 身体もそんなにセクシーじゃ無い、 3) 結論、 楽しいけど保留、という行動になるんだと思う。

自分の事を「好きだ」と面と向かって言われ、自分も「あーまじタイプ!」という状況は、これまでの経験則上、5年に一度の周期でしかやって来ない事が分かった。大阪人T(2003年)、南米人のG (2009年)、フランス人M (2014年)。ざっくり覚えているだけなので正確に5年という刻みなのかは、まあ適当だが。しかし30後半に差し掛かった昨年以降、相手が最後の一歩を躊躇う、要するに愛に飛び込もうという行動を躊躇する事ほどフラストレーションが溜まる事はない。

どんなにモテようが、人と出会う機会が増えようが、そんなフィーリングになれる相手は限られている。男女の恋愛だって同様の事だ。ましてや母集団の小ささとウケ/タチの構成比が歪で、構成員の顔面偏差値の開きが大きいゲイ市場で、お互い良いなぁーと思える相手に出会えて、楽しいと思える事なんて、少なくとも自分にとっては奇跡としか思えない。実際にその出会う確率を数値化したわけじゃないけれど、少なくとも5年かそれくらいの周期でしか巡って来ない非常に貴重なもの。

特に最近まで引き摺っていたフランス人M案件は自分の中でもフラストレーションが溜まる案件であった。もともと九州で先生をやっていたM。福岡に遠距離中の彼氏が居るらしく、結局はその関係を切る事が出来なかった事が原因なのだと思う。ワインや海外旅行にも全く興味が無い彼氏とは裏腹に、オープンでどちらの分野にも興味がある自分は話しやすかったのだろう。毎回違うご飯屋をピックアップしては、お酒とお互い最近の興味がある事、最近観た/聴いたオペラの話、こんな事を英語、フランス語、日本語混ぜながら話す事が楽しかった。お互い食べて飲む事に興味がある事が嬉しかった。所謂、脳内セックスというある種の恍惚状態に陥っていたのだ。彼氏との関係が上手く行っておらず、恐らく別れているであろう状況になっていたはずの数ヶ月前でも、Mが一歩を踏み出さなかったのは、恐らく自分の外見がなのかなぁとも思う。

自分は拙い自分なりのベストを尽くして、想いも伝えた。後は相手の決断と行動に委ねたが、結局それは叶わなかった。この様な状況も次回来るのは5年後の40過ぎてからなのだろうか、いや若しかすると、もう無いのかもしれない。30代のゲイって一番楽しいけど、これが終わるともう何も無いのかな、とたまにゲイ友と話す話題。自分と同じ年齢だったフランス人Mはどのように人生を考えていたのだろうか。人生で我々に残されている時間もそんないない中、何かを熟考したりするよりも、動き始めてお互いのフィーリングを感じた方がより手っ取り早いに決まっている。何を躊躇う必要が有ると言うのか?(え、お前の顔面だって…?申し訳ない…)

どんどんと増殖する頬っぺたの肉と相反するように出会いの確率も少なくなっている昨今。どげんかせんといかんと思うが、こればかりは仕方がない。また上手くいかないなぁと思う一方で、年齢は確実に積み上げている。そんな中、いつも2人で通っていた渋谷のビストロの前を通る度に、Mと話していた会話や彼の顔がフラッシュバックする。了

(本日の一軒)

汁なし坦々麺 どらいち

坦々麺が好きだ。某有名四川の汁無し坦々麺も良いが、ふらりと入れるお店で美味しい汁なし坦々麺を味わえるこの店は貴重。汁有りの坦々麺を注文すると、麺を食べた後のスープにご飯を入れてくれてシメも食べられるという良いお店。

麻布麺房どらいち

03-5442-1928

東京都港区南麻布2-12-5 https://tabelog.com/tokyo/A1316/A131602/13009338/

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お金で愛を買う(ゲイ40代編)

ゲイで言う所のマッサージとは、手こきで行かせてくれるか、挿入有りのサービスの事を指す。港区に引越す前から相性が良かったゲイのマッサージ師Tさんは、特段外見がタイプ!という訳ではなく、性格とエッチの相性が良い事から、かれこれ2年くらいお世話になっている。Jack'dのゲイアプリで彼のプロファイルが目に止まった。「スポーツマッサージ、エロも有り、タチ」というキャッチフレーズに乗せられて、月一でうちに来てもらっては、マッサージと挿入をして帰って行くTさん。年齢は42歳らしいが、ゲイのご多聞に漏れず若く見える。

 

どうしても挿入されたくて仕方ない時、疲れた週末に、LINEで連絡するとうちまで来てくれるTさん。但しここでの「ヒデ、お前やっぱり愛を金で買おうとしてるやん」というツッコミは誤り。性処理とマッサージをちゃんと同時にやって1万円って安過ぎる(チップは上乗せ)。愛が欲しい訳じゃなくて、礼儀正しい大人のゲイが、たまにうちに来て一通り喋ってエッチをして行くという関係。一プロと客との関係に過ぎない。お互いの肉棒はしゃぶらないし、キスもしない。ここはお互いを信頼してないからだが、特段それは気にしない。

 

しかしながら残念な事に、数ヶ月前、東京に疲れて関西の実家に最近里帰りしてしまったTさん。それでもたまに東京に来ているらしく、その度に滞在期間の連絡が入る。先日久し振りにお互いの都合が合って、久し振りにうちに来てもらう事になった。マッサージをしてもらっている間の会話はアラフォーゲイの悩みをお互いに披露するというもの。浮いた話も無いし、今後どうするよ、的なオチになる。お互いの年齢を考えると至極普通の悩みで有る。彼氏やパートナーが居れば全て問題は解決するのであろうか。詰まらないと感じている日常から抜け出す事が出来るのだろうか。今感じている答えは、否。

 

マッサージ師Tさんのとあるクライアントで、42歳のゲイ男性Jさん。10年程付き合っている彼氏(50代前半)と同棲をしていて、側からみれば幸せなカップルなのだそう。マッサージ師のTさんは、50代の彼氏さんが居ない昼間にマンションにお邪魔して、マッサージと挿入をJさんに施して帰って行くそうだ。最近、そのクライアントJさんが20代のウリ専ボーイにどハマりして、旅行に連れて行ったりしているらしい。しかし愛をお金で買えない事をマッサージ師のTさんに愚痴るのだそうだ。

 

ゲイが50を過ぎるとsugar daddy(パパ)などと年下の男に言われ、出会いの数も極端に少なくなってしまう。ゲイの寿命は40代までとは言われるが、強ち間違っていないだろう。10年男同士が一緒にいると、セックスレスになるし、そこでの関係は、お互いの遊びを認めるopen relationshipになるというのが、自分の海外リサーチの今の所の結論だ。10年来の付き合いで得たものは、パートナーとの信頼関係。病気でどちらかが倒れた時の看病など、どちらかと言うと老後に備えた目的の方が大きい。

 

でもエッチをするなら、弾力のある筋肉で覆われた若い男性とが良い。みんなそう思って生きているゲイ。彼氏やパートナーが出来たところで、死ぬまでエロオヤジのまま性欲は尽きるところを知らない。腐臭が漂うジジイになってでも、若い筋肉男のブリーフをずらし、肉棒を咥える事に執着し続けるのだろうか。何だかそんなのはちょっと悲しい。しかし老いは、社会的抑圧と若さの喪失によるコミュニティとの距離感、ゲイ男性にとっては二重の圧力となる。

 

オランダや北欧、サンフランシスコの40代〜ゲイコミュニティのリサーチの必要性を今一度強く感じる。彼等のライフスタイルの中で何かしらロールモデルとなりそうなヒントを得てみたい。ゲイにとっての幸せは肉棒を咥えたり、挿入されたりするだけじゃないよ、と気付ければ、ゲイアプリで軽くブロックをして相手との関係を断ち切るような行為って少しは少なくなるのだと思う。

 

マッサージ師Tさんとも話してたけど、アプリって目的を得る事だけ(要するにサクッとエッチをする事)にフォーカスしすぎて、それまでのプロセスを全てショートカットしてるよね、と。だから新しい人と出会うことに全く新鮮味が無くて、楽しくなくなったよね、と。

 

それはよく分かる。しかしスマホがコミュニケーションのスタンダードとなった今、此処から後退する事は難しい。だだ、肉棒、挿入、射精というルーティンからの脱却を皆々が意識しないと、このコミュニティって結局はみんなが筋肉男になって、精液で塗れるだけのつまらない世界に成り下がってしまうだろう。と、マッサージ師Tさんと絡みながら自分が精液まみれになっていた…あかんわ。。まぁ、たまには良いよね。了

 

(本日の一軒)
ダバインディア インドカレー

 

京橋にある南インドカレーの名店。此処のダルは美味しい。ビリヤニライスも本場に近い、とインドでカレー修行した姉さんが言っていた。サンバルやラッサムという辛いカレースープも南インドカレーの特徴。大手町OLだった頃、金曜に遠征していた京橋の名店。平日ランチは行列必至。

 

ダバインディア
03-3272-7160
東京都中央区八重洲 2-7-9 相模ビル 1F
https://tabelog.com/tokyo/A1302/A130202/13000506/

Looking - ゲイドラマ

HBOのゲイドラマLookingに最近ハマっている。このドラマはゲイに絶大支持を誇るABCドラマGleeのJesse役で有名なJonathan Groffを主演とし、サンフランシスコのゲイシーンを描いたテレビドラマである。しかし、これはドハマり過ぎる。HBOの陰謀だとさえ思えてくる。主な要因としては、各エピソードでの出来事が非常に生々しく、ゲイあるあるの身近な事象を、Jonathan GroffやRussell Toveyなどのゲイイケメンたちが上手く自然に演じているところだと思う。エッチシーンが非常に生々しくて、そこでの喘ぎ声や息遣いがその辺のゲイエロビデオよりもクオリティが高く、数段ヤバい作品である。


「Looking®/ルッキング」シーズン1 予告編 Huluにて独占配信中!

主演のJonathanが演じるゲイ青年パトリックはサンフランシスコのゲーム会社で働くデザイナー。パトリックのゲイ友のオーガスティンとドムは仲のいい3人組、いつも3人でつるんでいるのが見ていて心地良い。ドムは他の2人よりも若干年齢が高く、今年で40歳を迎える。ウェイターとして働く自分の状況に疑問を感じながらも、独立して自分のレストランを持つ夢をかなえようとする。40歳の誕生日にドムが行っていた一言、「40歳になったら、ゲイにとっては墓場と同じだ、Grinderでは相手にもされない、ゴーストみたいに生きる」という趣旨の事を冗談交じりに言っていたが、これは誰しもが不安に思っていることである。自分もあと4年でそうなる。死ぬまでの時間を手元の現預金資産を見ながら気にし始める時期でもあるだろう。

結局、ゲイって何のために生きているのか分からなくなって、ある程度のエッチを繰り返した後は、人を好きになる目的すら分からなくなってくるものだ。また、性欲の衝動にかられて走り出した2人も結局はお互いを受け入れるような器が無かったりもする。自分の場合はそうかもしれない。相手を渇望していて、万が一の確率で誰かに出会ったとしても、きっと真剣な関係になれる覚悟も自信もないのだと思う。

 

「そんな贅沢な、あんたそんな面で」と突っ込まれるのは若干誤解が有る。別に他に遊びたいとか、えり好みをしたいとか言っているわけではなく、自分は他人と真剣に向き合えないことが問題だという事だ。Lookingでもパトリックがメキシコ人の彼氏リッチーを見つけるが、結局は上手くいかずに終わってしまう。パトリックは家族、友人の目を気にし過ぎて、彼氏との関係を上手く見せようとして頑張ってしまう、でも結局それは、本心で相手の事を好きになっているのではない。パトリックは真剣に人と向き合うという覚悟ができていなかったのだ。自分もゲイであることをどこかで恥じているのだと思う。相手を受け入れる器云々以前に、自分の事も受け入れられていない。外に出ると人の目を気にしてしまうし(たまに路上でキスしたりするが。。)、変な目で見られていないか、などと過敏になってしまって、相手を傷つけてしまうことが何度かあった。

また、Lookingではゲイと両親との複雑な関係も注目描写のうちの一つ。パトリックは両親に自分がゲイだとカムアウトしているが、ある程度ゲイに対する理解のバックグラウンドがあるアメリカでも、両親はこの事実を受け入れることに時間を必要とするし、何故自分の子供が?と悩む。「オネエ」で一括りにされている日本には、ゲイに対する理解はほとんど進んでいないのが現状だろう。ゲイのライフスタイルが一般に思っているよりも重層的で、普通であることを理解している人たちがどれくらいいるだろうか。まあ、結局はチンポと胸板乳首にがっつくのが僕らの結論なんだけど、エッチにアグレッシブな事を除いては会社で働いたり接待をしたりと普通に生きている。そんな事実がクローズアップされることは日本ではもう少し先の事になるだろう。ゲイに対する理解の社会的素地が全くない中で、両親にゲイである事実をつきつけたとしても、それは「自分を受け入れてほしい」というエゴにしか過ぎない。最近自分の中で出している結論は、そのまま両親には何も言わないでおいた方が一番いい、という事。それよりも、もう少し会う時間を増やした方がよっぽど親孝行と言えるのではないだろうか。

Lookingのシーズン1最後のシーンは、彼氏だったメキシコ人のリッチーに結局は受け入れられなかったパトリックが家に帰ると、親友で同居人だったオーガスティンがパトリックのベッドでYouTubeを見ながら寝落ちをしているというシーン。オーガスティンは彼氏と同居するためにパトリックとシェアしていた家を出たが、結局は彼氏と別れ古巣へ戻ることに。ゲイのライフスタイルが何も確立されていない中で、結局そこに残るものは友情しかないのだろうと思う。そうやって上手く年を取っていければそれでいいのだ。え、本当にそれだけ…?了

 

(本日の一軒)
マルイチベーグル 白金高輪


港区では知らない人はいない(多分)白金高輪のベーグル屋。朝7時に開店するが、10時以降に行くと店の外まで行列が。ベーグルごときで何やねん!と思っていたが、一度ふらっと早起きをしたある朝、玄米ベーグルと、ポテサラをサンドしたベーグルを購入。上手すぎる。。それから早起きをしてバルク買いをするようになった。人気なのがうなずける名店。

 

マルイチベーグル
東京都港区白金1-15-22
https://tabelog.com/tokyo/A1316/A131602/13010793/

ダウントンアビー S5の件

ダウントンアビーのシーズン5がネットフリックスでもやっとリリースされ、気になっていた続きをやっと観ることができた。シーズン5の舞台は1924年のイギリス。労働党が史上初めて政権を獲得し、マクドナルドが首相となった時期。女性の社会的地位向上意識の高まりや、貴族の社会的地位没落が徐々に顕在化してくる時代でもある。

 

ダウントンアビーの面白さは、社会的コモンセンスと人々の価値観の変遷を歴史的事象と共に観ることができる、という所に尽きると思う。コモンセンスとは非常に漠然とした概念であって、個々価値観の総体であると言えるが、その変化のスピードは非常にゆっくりとしたものである。当時イギリス社会コモンセンスの中で、驚きなのは以下の事項であった

 

(Downton Abby Top10 moment)

 https://youtu.be/9cyHiDzyDME

 

- 男女の婚前性交渉はタブー、特に貴族など上流社会の独身女性が婚前に男性と性交渉するなど以ての外


- 避妊処置もタブー: 薬局でそれらしき物を販売しているものの、女性が購入する事はタブー


- 結婚していないシングルマザーは恥: ダウントンアビー当主グランサム伯爵の次女レディー・イーディスは、恋人だったマイケル・グレッグソンと婚前性交渉に至ったが、相手のマイケルは旅行中のドイツで行方不明に。同時にイーディスの妊娠が発覚し、スイスにてお忍びで女児を出産する事に。周囲には自らが女児の母親だとは公開しないものの、ダウントンアビーで引き取り、シングルマザーとして娘のマリーゴールドを育てる事となる


- 当時もゲイはいたが、実際の同性間性交渉は犯罪: 現代のシンガポールやロシア、ポーランド等は、自分の知る限りでは、ゲイというステータス自体が犯罪のようだ。とは言え、社会的規範としてそうなっているだけで、実際は容認されている。戦前の当時もゲイはいるものの、相手を探す事は至難の技。ダウントンアビーの副執事トーマスはゲイだが、気に入った男性同僚をゲイだと誤解し夜這いしようと試みる。結局は誤解と分かり、逮捕される寸前まで行きそうになる…

 

女性の社会的地位の低さ、厳格に規定された各性別の役割、ゲイは病気・犯罪と同等とみなされる等、1924年のイギリスは現代の我々が生きるには非常に堅苦しい散々な時代であった。インターネットもないので、当然出会い系サービスなどは無い。階級間の分断により、出会える相手は限られている。人の流動性が著しく低い事で、自分の属するコミュニティが基本となる非常に狭い世界であったことが窺える。男女の結婚もある種、習慣の一部であり、性婚前交渉の原則的禁止が男女の婚姻をより促す役割を果たしていたとも言える。

 

ゲイに関して言えば、古代からその類の関係性は存在したものの、タブー視される事が普通であったようだ。ダウントンアビー副執事のトーマスは普通にイケメンだが、いかんせん相手がいない。ゲイバーも出会い系アプリも無いので、相手を探す事はほぼ不可能である。人の流動性が著しく低かった事で、その希少価値も高かったのではないか。

 

そのような近代と比較して、我々が生きる現代はスマートフォンにより人間個人の流動性が非常に高まったと同時に、価値の希薄化を招いた事も事実。特にスマートフォンの登場は我々のゲイコミュニティに対する認識を大きく変えたデバイスとなった。GPSをベースとしたアプリサービスによって、ゲイの位置特定が可能となり、コミュニティ内での構成員プロファイルに誰もがアクセスできるようになった。

 

ゲイの流動性が著しく高まった一方で同時に失ったものは、性行為の希少価値であろう。Grinderなどのどちらかというとセックス目当てのアプリでは、セックスの時間単位による切り売りが当たり前となり、フェラやバックセックスの希少価値を著しく下げてしまった。それと同時に、容姿による選別基準を著しく引き上げる結果となった事も確か。グローバルにゲイの筋肉信仰が加速している事は、欲望追求の顕在化がスマートフォンによって実現された結果であるとも言える。テクノロジーが発達する前の、ゲイの世界を俯瞰できない時代の方が、今のようなオープンさを享受できないにしても、よほど幸せだったかもしれない。

 

テクノロジーの変化は非常に早く、その進化に伴って私達の社会インフラも大きな変化を遂げている。一方で人々の価値観、社会的コモンセンスの変化の速度は漸進的なものだ。異質な物を目の当たりにしても、寛容さを忘れないグランサム伯爵のような態度は我々の現代人も見習うべき所はあるのではなかろうか。まあ貴族の地主やから余裕有るのは当たり前やねんけど…

 

婚前性交渉禁止、ゲイ犯罪とかマジやっとられんとダウントンアビー観ながら思っていたが、タップ一つでサクッとセクフレが見つかるのも何だか違和感。名前すら分からない相手とやっても、何だかなぁと感じる。1924年ダウントンアビーの時代に生きる人々が見たら驚くだろうが、我々にできる事はちゃんと性病検査をして、コンドームや避妊を地道にやっていくしかない… 結局セックスはアプリで簡単に手に入るようになり、または購入できるようになり、コモディティ化している事は確かである。って、やりまくってるのお前だけだろって…?否定できません。。了

 

(本日の一軒)
和牛焼肉 KIM

白金にある和牛専門の焼肉屋。お肉のクオリティが高く、ユッケでも無い生肉でも無い和牛ハンバーグに魅了される。コースのサイドも美味しく、ザガットサーベイ掲載の店とは納得。お店の方もフレンドリーで一人焼肉をする日も近いかも…

 

和牛焼肉 KIM
03-6450-4129
東京都港区白金2-2-2
https://tabelog.com/tokyo/A1316/A131602/13110222/

ゲイお見合い

巷で既にメジャーとなった男女の結婚相談ビジネス。周囲にも利用している男女はそれなりに増えてきたと思うし、アラサーの女性にとっても一つのツールとなりつつあるようだ。昨年ひょんな事から、ゲイ専用のお見合いサービスをネットの検索広告で発見し、好奇心半分で利用してみることにした。

 

システムとしてが初期登録料10万円のほか、月額会員費用としておよそ10,000円程度の出費となるサービスである。サービスのおおよその流れは以下の通り。

 

⑴初回の登録で紹介所がある事務所に赴き、基本的な必要事項を入力する、⑵毎月テキストで紹介相手の自己紹介文と共に年齢、身長・体重などの基本的な情報がメールで送付されてくる、⑶会ってみるか、会わないかの希望をメールで返信する、⑷紹介所に赴き、ご対面、5分間話してお互いのフィードバックが合致すれば、その後お茶でも、という流れになっている。

 

ここで注目すべきは、実際に会うまで相手の容姿・顔がわからないこと、実際に会って話す時間は5分間であること、であろう。僕はこれまで4名の方とお会いさせて頂いたが、結果として、そのうち2名の方からは、5分後のフィードバックで、ごめんなさいコールを頂いてしまった。結局は視覚的好みから興味を覚えていくというスタンスはアプリの出会い系サービスと変わりはない。大きな声では言わないが、5分間で何がわかると言うのだろうか。しかしながら、顔形は重要な要素なので、話したとことで相手への興味関心が変わるわけではない。

 

結局重要な要素が容姿であるとすれば、ここでのプロセスもアプリとは何ら変わりはないのでは無いか。アプリでは仲介人がいない事で、好みとは外れた相手と会うと非常に気不味い雰囲気が流れる。無理をして1時間程度は一緒に時間を過ごさないといけない。僕は基本的にコミュ障だが、会社に取材に行ったりする事も多いので、差し障りのない話題で1時間乗り切る事はそこまで難しくはない。お見合いサービスではこのような違和感も、5分後のフィードバックでバッサリと切り落とすことができる。そう言う意味では時間の無駄にはならないし、効率的な出会い方なのだろう。

 

とは言うものの、連続してごめんなさいコールを頂くと、正直萎えてくるのも事実。現実が思うように上手くいかないことくらい仕事でもプライベートでも味わってきたが、アプリのように事前に有る程度スクリーニングしてくれても良いのかなと思う(そうなると結果としてアプリと同様の結果になって、最終的に出会いゼロになるストーリーに収斂するのだが…)。

 

男女の結婚相談のように、結婚や出産という目標がない事も、出会いに尻込みしてしまう大きな理由の一つだ。日常的にAnytime Fitnessに通い、Gold's Gymで週末はパーソナルトレーナーと重い鉄の塊を持ち上げても、まだ恋愛活動のリングには立てない。トレーナー並みの筋肉に増量しないと、アプリ上での差別化はほぼ不可能だからだ。ニューヨークに行ってアプリを開いた時の衝撃は半端ない。胸筋のボリュームも違うし、スタイルが違い過ぎる。しかし、その先に何があると言うのだろうか。

 

ゲイってこんなにコストがかかる生き物だったっけ…?ゲイカップルのサンプルが少ない僕からすると、パートナーシップなんて一部のイケメンゲイたちの特権としか思えない。ジムに通い、仕事もし、外見にも気を使い、性格も良いとか正直無理だ。そんなモンスター居るのだろうか…

 

仏道では「一生皆苦」という思想があるようで、乱暴に言ってしまうと、煩悩に支配された人間は常に苦悩に苛まれ、平穏な心には永遠になれないというもの。脳科学の論客には、「恋愛は脳が刺激を受け快楽物質と認識することから、依存状態に陥ってしまう」という主張もあるようだが、恋愛することで生きていると感じていた事は、結局のところ脳が刺激を受け快楽だと認識していたに過ぎない。

 

お見合いにしてもゲイアプリにしても、自分の煩悩を増幅させ、苦悩をもたらすものでしかない。男と何らかの関係を持つ次には、所有欲や相手を知りたい欲求が出てきて、その先の欲望の増幅はとどまることを知らない。好きになってくれない相手を好きになる、お金を払って挿入関係を繋ぎとめようとする、これらはそもそも恋でも何でもなく、脳が刺激を受けて快楽だと認識していた事に過ぎない。結果として身体も心もボロボロになり、痛い自分が残るだけだ。

 

仏教脳科学が良しとする他者との関係について、自分の学習では未だ結論には辿り着いていないのだが、煩悩に塗れた自分のライフスタイルを見直す良い機会になる可能性もあるだろう。他人と会うとパフォーマンスとして過激な発言を繰り返すうちに、煩悩を徹底的に追求しまくる業が刷り込まれてしまったが、結果としてこれが様々なトラブルや苦悩を産むことになっている事は事実。そこで残ったものは、愛を求めてもがいている、醜いアラフォーのゲイ男という事実。暫くは大人しく過ごして、脳刺激の抑制に努めたいと思う(いつまで続くことやら…)。仏門に入る事は未だ無いと思うが。了

 

(本日の一軒)
クリスプサラダワークス 六本木ヒルズ
King George 六本木ヒルズ

 

六ヒルではマストのヘルシースポット。King Georgeは当ブログでも以前に紹介した代官山の六ヒル店。クリスプサラダワークスは、自家製ハムも発色剤やその他添加物なし、ドレッシングもオリジナルで化学物質を徹底排除(多分)。炭水化物とタンパク質はキングジョージのターキーサンドで補充。最近の定番スタイルになりつつなる日常使いヘビロテの2店舗。

 

キング ジョー
03-3403-3537
東京都港区六本木6-2-31 六本木ヒルズ ノースタワー 1F
https://tabelog.com/tokyo/A1307/A130701/13202628/

 

クリスプ サラダ ワークス 六本木ヒルズ
03-6721-1162
東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズヒルサイド 1F
https://tabelog.com/tokyo/A1307/A130701/13191811/